【きのこを旅するvol.4】薬から媚薬まで。きのこがもつさまざまなパワー
2023.09.01暑さも和らぎ、本格的な秋に向かって季節が移ろう9月。日によって気温差が激しいことも多い季節です。気温差が激しい日が続くと、自分で思う以上に身体に負担がかかってしまうため、栄養のある食事で精をつけたいですね。
現在のようにきのこの人工栽培が行われる前も、「きのこ」は自然の恵みとして人々の生活の傍にありました。季節が移ろうこの時期、昔の人々も、「きのこ」を食べて元気をつけていたのかもしれません。
きのこはビタミン類やカリウム、食物繊維などさまざまな栄養素をもつ食材として知られており、きのこを人工栽培できなかった先史時代より、人々はきのこ狩りをして食材や薬として活用してきた歴史をもっています。
そこで今回は、いにしえの昔より人々が「きのこ」から得てきた、「きのこ」がもつさまざまなパワーについてご紹介します。
きのこ狩りの歴史
きのこ狩りの歴史は古く、日本をはじめ、アジア、ヨーロッパなど世界各国で多くの人々がきのこを採って生活に役立ててきました。
中でも、きのこの薬効、栄養、幻覚的な効果など不思議なパワーをいち早く認知したのは、紀元前の古代ギリシャやローマなど地中海沿岸地域であったようです。古代ギリシャの医学者であるヒポクラテス(紀元前460年頃~377年頃)は、「アマドタケ」というきのこを、炎症を和らげたり、傷口を焼灼したりするための薬として分類していました。
また、220年~589年頃に栄えた中国六朝時代の医学者である陶弘景(452年~536年)が編さんした『本草集注』には、不老不死の食材として認知されていた「霊芝(レイシ)」や「猪苓(ブクリョウ)」といったきのこの、薬としての使用法が紹介されています。
これらの記録から、当時から、著名な医師たちがきのこの薬理効果に注目していたことがわかります。今でこそきのこは一年中スーパーで手に入りますが、当時は食材や薬として使用するためにきのこ狩りをするしかありませんでした。
そんなきのこ狩りですが、その文化は、世界各地に存在したようです。
ヨーロッパや日本は今も昔もきのこ狩りをする民族として有名ですが、アジアやアフリカでもきのこ狩りの慣習があったという言い伝えが残っています。
例えば、ネパールでは古くから、食用や医療用のきのこを海外に輸出するためにきのこ狩りをしていたようです。またアフリカでは、多くの部族民がきのこを栄養源として利用してきました。これらの地域では、飢饉のときの飢えをしのぐために、きのこを採集していたという記録もあります。
また、ヨーロッパに位置するスラブ民族の人たちは、食用のきのこと毒きのこを見分ける術を先祖代々伝えてきたようです。きのこの薬理効果や栄養価について本格的な研究が始まったのは19世紀以降ですが、それ以前から人々は、きのこ狩りを通じてきのこを判別し、生活に役立てていたことがわかります。
薬剤として使用されたきのこ
きのこの薬理効果や栄養価の研究が進んだのはここ2世紀くらいですが、驚くことに約5400年前には、きのこはすでに薬剤として使われていたのではないかという証拠が見つかっています。
イタリアとオーストリアの国境近くにあるエッツィ渓谷の氷河から、約5400年前のミイラ(通称アイスマン)が2つのきのこを持った状態で発見されました。そのうちの1つのカンバダケは寄生虫を取り除く薬として使用されたのではないかという研究報告が発表されています。
また、きのこの薬理効果についての歴史を遡ると、西洋医学よりも特に東洋医学で注目されてきたことがわかります。
中国では栄養面を重視した医学が発展し、その中で、きのこのエキスを抽出したり、煎じたり、ときには粉末にしたりするなど、薬として加工していたようです。こうしたきのこの薬効については中国の薬書である「本草書」にまとめられ、日本にも江戸時代に輸入されています。
きのこは媚薬の効果もあった?
一方、東欧の一部の地域では、きのこの媚薬効果が信じられています。ボヘミア南部には、きのこを雑穀に添えて食する「クバ(Kuba)」、「マナス(Manas)」という料理が存在しており、このきのこ料理を食べると1年間は生殖能力に恵まれるという言い伝えがあるようです。
ただ、媚薬効果を示すきのこが存在するかどうかは、科学者の間で議論が続いています。
キヌガサタケの一種である「Māmalu o Wahine」という、火山周辺に生えるオレンジ色のきのこが媚薬効果をもつ、という研究報告が2001年に発表されました。報告によると、強い臭いを放つこのきのこを男女に嗅がせる実験を行なった結果、女性のみが興奮状態を覚えたと報告されました。
しかし、ハワイ出身のサイエンスライターであるChristie Wilcoxさんが調査し実際に嗅いでみたところ、これまで嗅いだことのない悪臭を放つだけであったといいます。考察では、フェロモンを感じることのできる受容体がきのこの強烈な臭いに反応した可能性があるようですが、フェロモンを感じる受容体をヒトがもつのかどうかについても科学的に未解明な部分が多いようです。
最新研究から探るきのこの薬理効果
古今東西で人々の生活に寄り添ってきたきのこですが、最近になって人工栽培が可能になると、季節を問わずいつでもスーパーで購入することができるようになりました。
一般的に、きのこは野菜などの「植物」とは異なり「菌類」であるため、ビタミンB群、ビタミンD、カリウム、食物繊維、アミノ酸、抗酸化成分など豊富な栄養が含まれています。さらに、きのこごとに特徴的な健康成分が含有されることから、近年医療分野からも注目を集めています。
ここでは、近年注目されている、きのこの薬理成分についてみてみましょう。
シイタケ
日本でも古くから食されてきたきのこの一つ。シイタケに含まれるエリテダニンには、コレステロール値や血圧を低下させる効果が確認されています。
エリンギ
元々日本には自生しないきのこで、ヨーロッパを原産とするきのこ。ヒト実験から、体脂肪を低減させる効果や、中性脂肪の吸収抑制作用が確認されています。
マイタケ
マイタケ由来の多糖類の中でも、糖たんぱく質のグリコプロテインは抗高血糖、抗高血圧への効果が、プロテオグリカンは抗ウイルスや抗炎症、抗うつ病の効果があると報告されています。
ブナシメジ
ブナシメジやホワイトブナシメジのブナピーには、抗インフルエンザ感染作用が確認されており、インフルエンザにかかりにくくなる・かかっても症状が軽くなるという研究結果が報告されています。
ヒメマツタケ
アガリクス茸とも呼ばれています。ヒメマツタケの子実体に由来する活性物質には、抗腫瘍活性や薬理活性を有するものが存在することが確認されています。
ブクリョウ
マツ属の植物の根元に菌核を作るきのこ。この菌核を加工した生薬は古くから漢方薬として利用されています。ブクリョウの薬理効果は主に、トリテルペン類や多糖類が寄与すると報告されており、鎮静・精神安定作用、抗腫瘍作用、免疫調整作用などが確認されています。
マンネンタケ(霊芝)
中国では古来より薬効の高いきのことして知られています。主な薬効を示す成分はトリテルペノイド類を中心とした低分子化合物類と多糖類であり、抗酸化作用、運動機能改善、免疫力向上、抗腫瘍効果など多くの薬効が臨床試験により実証されています。
まとめ
時代を超えて、国を超えて、“知恵”として様々な形で人々の生活に役立ってきたきのこ。
計り知れないきのこの力にはまだまだ未知の部分が多くありますが、近代研究でもきのこには様々な栄養素が含まれており、コレステロール低下作用、血糖降下作用、血圧降下作用、抗がん作用など現代を健康に生活するのに欠かせない力を持つことが分かり始めています。
いにしえの昔から続く健康法であり、自然の知恵でもある「きのこ」の力を借りながら、私たちも毎日を元気に過ごしていきましょう。
参考文献
- シイタケ(森林総合研究所 九州支所)
- 「モテ=フェロモン」説に終止符 人間にフェロモンを感知する器官なし(太田出版)
- Medicinal Mushrooms: Ancient Remedies Meet Modern Science
- Tradition Of Mushroom Hunting In Russia
- Expedition Ecstasy: Sniffing Out The Truth About Hawai‘i’s Orgasm-Inducing Mushroom
- Otzi the Iceman: The Frozen Mummy’s Mushrooms
- The iceman’s fungi
- Mushrooms Russia and History
- 『きのこの歴史』
- 『きのこの生物活性と応用展開(河岸洋和/2021年10月発行)』
- 『毎日食べて糖尿病・高血圧・ガン・肥満を予防&改善!きのこレシピ』
- 「きのこの歴史・食文化と機能性-総論」(『Functional Food』Vol.13, No.1)
- 薬理と治療 vol.38 no.7掲載(2010年)
- 薬理と治療 vol.36 no.9掲載(2008年)
- 日本機能性食品医用学会 第8回総会(2010年)
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