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きのこふしぎ発見

地球を浄化する救世主!?分解者きのこの無限の可能性

2022.06.01
地球を浄化する救世主!?分解者きのこの無限の可能性

アメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソンが、その著書「沈黙の春」で化学物質の危険性に警鐘を鳴らしてから約60年。カーソン博士の告発は、有害な化学物質を禁止する運動の先駆けとなり、有機塩素系殺虫剤のDDTがほぼ世界中で禁止されるなど環境問題への対策が進みました。しかし一方で海洋マイクロプラスチック汚染など、新たな問題も生じています。

日本では、戦後にはじまった高度経済成長期に、大気汚染や水俣病を引き起こしたメチル水銀の環境汚染など、深刻な公害問題が発生しました。その後の国や企業の対策、科学技術の進化により解決された問題もありますが、ダイオキシンや環境ホルモンなど、有害な化学物質による環境汚染への懸念は現在も続いています。

これらの環境汚染を解決する新たな手段として、実は今、「きのこ」に注目が集まっています。分解者としてのきのこの優れた能力は、分解が難しい化学物質にも有効。
今回は、人間が汚染した環境を再生してくれるかもしれないきのこの力に焦点を当てていきます。

分解が困難な有害物質

まず、環境汚染物質とはどのようなものなのか、ダイオキシンとPCBを例にとってみてみましょう。

ダイオキシンとはひとつの物質を指す名称ではなく、類似の性質を持つ化合物の総称で、ダイオキシン類と呼ばれます。ダイオキシンは塩素を含む物質が不完全燃焼したときに発生するほか、過去には一部の農薬に不純物として含まれていました。環境中から人が摂取するダイオキシンは少量であると考えられますが、土壌や河川などの底に蓄積されたダイオキシンへの対策が課題となっています。

一方、PCB(ポリ塩化ビフェニル)は人工的に作られた油状の化学物質です。不燃性、電気絶縁性など化学的に安定した性質を持っているため、電気機器の絶縁油や溶剤など、さまざまな用途に使用されていました。ところが1968年、食用油を製造する過程でPCBが混入し、その油を摂取した西日本一帯の人々に健康被害が生じるという食中毒事件が発生(カネミ油症事件)。これをきっかけに、PCBの健康への影響が取り上げられるようになりました。PCBは脂肪に溶けやすいため、慢性的に摂取すると体に蓄積して、さまざまな症状を引き起こします。現在はPCBの製造および輸入が禁止されていますが、保管されているPCBの処理が問題になっています。
有害物質の中でも、とくに①難分解性 ②高蓄積性 ③長距離移動性 ④有害性 を持つものは「残留性有機汚染物質(POPs:Presistent Organic Pollutants)」に指定されており、ダイオキシン、PCBのいずれもがPOPsの対象物質です。

環境汚染を浄化するバイオレメディエーションとは

ダイオキシン類やPCBなどの処理には、通常、熱分解や化学処理など、物理化学的な方法がとられます。しかしこれらの方法が有効なのは、発生源など汚染物質がまとまっている場合のみ。ダイオキシンによる土壌汚染のように、汚染物質が広い範囲に低濃度で拡散している場合には、対処が困難です。そこで開発が進められているのが「バイオレメディエーション」。微生物(バイオ)の力を利用して、有害物質に汚染された環境を修復する(レメディエーション)技術です。きのこには、細菌が分解できない化合物も分解できる能力があるため、バイオレメディエーションへの利用が期待されています。

きのこはどのように汚染物質を分解するのか

このような難分解性の化学物質を、きのこはなぜ分解できるのでしょうか。ダイオキシン類やPCBの分解に利用されるのは、「白色腐朽菌」というグループのきのこ。普段私たちがよく目にする、シイタケ、マイタケ、エノキタケ、エリンギなども白色腐朽菌の仲間です。白色腐朽菌は、この地球上で唯一、植物の木質部分を強固にしている「リグニン」という難分解性の化合物を分解できる生き物。ダイオキシン類やPCBの構造はリグニンに似ているため、白色腐朽菌の中に、これらの汚染物質を分解できるきのこが存在するのです。

では、白色腐朽菌はどのように汚染物質を分解するのでしょうか。白色腐朽菌は汚染物質を自らの細胞の中に取り込んで分解します。分解の過程にはまだ不明な点も多くありますが、最初の段階で「シトクロムP450」という酵素が働いて、汚染物質を水に溶けやすい性質に変えて分解反応を進めやすくすることがわかっています。シトクロムP450はほとんどの生物に存在する酵素で、人間の肝臓でも作られており、毒物を水に溶けやすくして尿や汗として体外に排出しやすくする働きをしています。このシトクロムp450の反応を発端として、リグニン分解酵素群と呼ばれる酸化還元酵素が汚染物質を酸化することで原子間の化学結合を切れやすくし、分解が進むと考えられています。

また、食用きのこの栽培に使われる、おがくずを固めた「菌床」と呼ばれる培地をバイオレメディエーションに利用する試みもなされています。
きのこを収穫した後の「廃菌床」には菌糸や酵素が含まれており、きのこが伸長している状態の菌床に比べるとリグニン分解酵素の活性は落ちるものの、バイオレメディエーションに十分使用可能であると考えられます。ほとんどが廃棄物として処理されている「廃菌床」を利用することができればエコであるだけでなく、未知の微生物に比べ、安全性が確認済みであるという利点もあります。

きのこが世界を浄化する

分解者として無限の可能性を秘めているきのこ。環境汚染物質のほかにも、毒ガス兵器のひとつである「イペリット」を完全に分解することができたという報告もあります。また、工業利用するにはまだ技術開発が必要ですが、プラスチックを分解するきのこも見つかっています。
きのこは食卓を豊かにし、私たちの健康に寄与してくれるだけでなく、私たち人間が汚染してしまった地球を浄化してくれる救世主にもなってくれるかもしれません。

参考文献

  1. きのこの新たな機能性の探索、日本きのこ学会誌,Vo1.21(4)1551642014
  2. キノコ菌床による難分解性物質汚染土のバイオレメディエーション、大林組技術研究報 No.60 2000
生命力を食べる。 人と菌の物語

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