【きのこを旅するvol.7】きのこのうま味は世界共通!古今東西で愛され続けるうま味の秘密
2023.12.0112月に入り、本格的な冬本番の寒さとなりました。体の芯から温まる食べ物といえば、やはり鍋料理や汁物。そして、これらの料理に欠かせない食材の一つが「きのこ」です。
きのこは太古の昔から汁物や煮物などの料理に用いられており、そうした料理は世界各地でみることができます。今では様々な研究からきのこがうま味成分を持つことが知られていますが、それ以前から、世界共通の“食の知恵”としてきのこのうま味が活用されてきたようです。
今回は、そんなきのこの“うま味”について紐解いていきます。
出汁はいつから使われていた?出汁の歴史とうま味の発見
今、「うま味」は甘味、酸味、塩味、苦味に次ぐ第5の味として知られています。うま味が発見され脚光を浴びるようになったのはここ100年ほどですが、食材を煮たあとの出汁(だし)は人類が文字を使い始める前、先史時代の土器を用いる時代からあったと言われています。
歴史資料から「出汁」として料理に用いられるようになった歴史を遡ると、最も古いもので古代中国にその姿を見ることができ、中国では出汁を「湯(タン)」と呼びます。一方、中世ヨーロッパ(5~15世紀)でも「フォン」や「ブイヨン」など食材を煮て得られる出汁が登場しています。日本で初めて出汁が文献に登場したのは室町時代後期で、日本料理の流派 大草流の相伝書として、『群書類従』の中に見ることができます。
中国を発祥として日本に伝わった出汁文化ですが、実は最初に出汁のメカニズムを発見したのは日本人でした。東京帝国大学の池田菊苗教授が1908年に、昆布出汁のうま味の素がグルタミンであることを発見しました。その後研究が進み、1957年にヤマサ醤油研究所の國中明氏によって、きのこに含まれるうま味成分がグアニル酸であることが発見されました。
さらに研究が進んでいくうちに、きのこにはグアニル酸のほかグルタミン酸など異なる種類のうま味成分が複数存在することがわかり、それらのうま味成分は相乗効果でよりうま味を強く感じるようになることから、きのこは単体でもうま味を感じやすいことが明らかになっています。
世界各国のきのこのうま味を活かした料理
このように、きのこはほかの食材よりもうま味の強い食材であり、きのこが料理のうま味のカギになっているケースが世界各国の料理でみられます。それだけでなく、うま味を強調した料理も登場し、人気を得たケースもあります。そこでまずは、現代でも愛されている、きのこのうま味が引き立つ世界の料理の数々を紹介します。
トムヤムクン
中国のフカヒレスープ、フランスのブイヤベース、ロシアのボルシチと並んで世界“3大”スープに数えられるのが、タイの伝統料理「トムヤムクン」です。
トムヤムクンの味を引き立たせている食材のひとつが、タイでメジャーなきのこである「ヘットファーン(ふくろたけ)」。きのこのうま味が味の深みを出すことに加え、歯ごたえのある食感で具材としても重宝されています。うま味成分は様々なスパイスやハーブとも相性抜群です。
ビーフストロガノフ
昔から愛されてきたロシアの家庭料理「ビーフストロガノフ」にもきのこがよく使われています。一般的に牛肉をサワークリームで煮たものを「ビーフストロガノフ」と呼びますが、東欧では人気の食材であるきのこを加えることが多く、そこにはきのこが身近な存在であることや、うま味が増すからといった理由があるようです。
マッシュルームマリナラ
続いて、イタリアのトマトソースの一種である「マリナラ」に、マッシュルームを加えた「マッシュルームマリナラ」。イタリアでは昔からきのこを食べる習慣があったため、マリナラのアレンジ版として親しまれており、きのこを入れることで、うま味の効いたマッシュルームマリナラが完成します。マッシュルームマリナラは、パスタをはじめ、ラビオリやピッツァといったイタリア料理に広く用いられています。
ウマミバーガー
近年話題を集めているのが、ロサンゼルスで大人気のハンバーガー「ウマミバーガー」。「Umami Melt」とも呼ばれるように、きのこをはじめとし、トマトやチーズなどうま味が強いとされる食材をふんだんに使っています。その中でもきのこは中心的存在であり、うま味成分を最大限に引き出すロースト、スチーム等の調理法が採用されています。
日本で昔から食べられてきた料理にみる“きのこのうま味”
日本国内に目を向けてみますと、各地の名産を取り入れ、古くから風土にあった食文化を形成している「郷土料理」にもきのこのうま味が活かされてることがわかります。
ほうとう
練った小麦粉を平たく切ったほうとう麺を、旬の野菜やきのこなどを加えて柔らかくなるまで煮込んだ料理が、ほうとうです。発祥は平安時代まで遡るという説もあり、きのこは当時から身近な存在であったため、当時からきのこが使われていたと考えられます。じっくり煮込むことで引き出されたきのこのうま味が、様々な時代の人々の心と身体も温めていたと想像できます。
きりたんぽ鍋
秋田北部の山深い地域で誕生したとされるきりたんぽ鍋。ご飯をガマの穂のように串に付けて炭火焼きした「たんぽ」を、地鶏、ごぼう、きのこなどと一緒に煮込みます。まいたけ、ナラタケ、しめじなど、昔からこの地方の野山で採ることができるきのこがよく使われます。
きのこたっぷり山形のだし
こちらはだしと言っても汁物の出汁ではなく、漬物の一種です。山形の家庭料理である“だし”は、夏野菜、香味野菜を細かく刻み、まいたけ、しいたけ、ぶなしめじ、えのき茸から取った出汁で煮込んだものをご飯や豆腐にかけて食べます。うま味成分が豊富なおかげで、味付けしなくてもご飯が進みます。
じぶ煮
こちらは石川を代表する郷土料理ですが、一説には宣教師がポルトガル料理を真似て作ったと言われています。鴨肉や鶏肉に片栗粉をまぶし、しいたけ、ごぼうなどの出汁で煮ます。とろみのついた濃厚なうま味が口いっぱいに広がる、心がほっと和らぐ味わいが想像できます。
“うま味”は健康にも!明らかになってきた“うま味”の最新研究
うま味成分は100年以上前に発見されたものの、うま味の人体への影響や、人がうま味をどう受容するのかについては最近まで明らかではありませんでした。しかし近年、味覚を受容するメカニズムがゲノム情報や電気生理学的な知見などによって解明されており、うま味もまた、苦味や甘味と同じように、感知する受容体が存在することが明らかになったのです。これにより、甘味、酸味、塩味、苦味の4つの基本味ではない第5の味の存在が世界で認められるようになりました。
また、うま味のもつ健康価値についても明らかになっています。うま味成分は消化を促す効果があったり、うま味成分や塩などさまざまな味付けのスープを使った試験では、うま味成分で味付けしたスープのほうが満腹感をもたらしたりすることがわかっています。
また、うま味成分は複数のかけ合わせによりうま味の強度が増すことや、うま味には塩味や甘味を際立たせる効果があることも分かっており、うま味を活かすことで、満足度の高い減塩・減糖のヘルシーな料理を作ることが可能となります。
加えて、先述した通りきのこはグルタミン酸とグアニル酸という2つのうま味成分を含む稀有な食材であり、うま味の相乗効果によりより強くうま味を強く感じるため、減塩・減糖効果が得られやすくなっています。
まとめ
太古の昔から日本をはじめ世界中の料理に用いられてきたにも関わらず、その正体については近年まで認知されてこなかった“きのこのうま味”。研究が進むことで、“うま味”そのもの健康価値や、中でもきのこがうま味の強度が高いことなどが徐々に明らかになってきました。
ビタミン・ミネラル・食物繊維などの豊富な栄養成分に加え、うま味成分も豊富なきのこ。
ぜひきのこを料理に用いながら、“うま味”という、古くから変わらずに人の心と身体を温め、豊かにしてきた味わいに改めて目を向け、食事を楽しむのも良いかもしれません。
参考文献
- 日本のだし文化とうま味の発見(国立国会図書館)
- うま味の基本情報(特定非営利活動法人 うま味インフォメーションセンター)
- What is Umami?(The Mushroom Council)
- ウマミバーガー
- 日本上陸! UMAMI BURGERの「うま味」の秘密を解明せよ
- The History and Mystery of Beef Stroganoff(The Moscow Times)
- トムヤムクンを本格的に仕上げてくれる「ヘットファーン」って何?(オリーブオイルをひとまわし)
- 17 Umami-Packed Mushroom Recipes — From Cheesy Quesadillas To Vegan Stroganoff(Los Angeles Times)
- ほうとう(UMAMI)
- 山梨 ~日本の郷土料理~(日本成人病予防協会)
- きりたんぽ鍋(UMAMI)
- 郷土料理きりたんぽ(比内地鶏・地のもん王国)
- 「きりたんぽ」の誕生と、郷土料理に至る系譜(佐田商店)
- きのこたっぷり山形のだし(林野庁)
- じぶ煮(農林水産省)
- 「うま味受容機構と嗜好性」(『醸協』Vol. 96, No. 12)
- 「味覚とGPCR」(『ふぁるましあ』Vol. 50, No. 9)
- 「うま味物質の健康価値」(『化学と生物』Vol. 53, No. 7)
- 「塩味とうま味の相互作用」(『日大生活科研報』Vol. 38)
- 『キッチンサイエンス』
- 『ものづくりの化学が一番わかる』
- 『47都道府県・伝統調味料百科』
- 「グルタミン酸はなぜおいしい?」(『現代化学』2019年11月)
- 「だしの生み出す食の多様性」(『milsil』Vol.10, No.1)
- 「うま味の発見と展開」(『化学と生物』Vol.45, No.8)
- 「うま味とは何か」(『麻酔』2020年増刊号)
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