【きのこを旅するvol.10】先人が築き上げた「きのこ栽培」の歴史ときのこが描く未来
2024.03.01これまで「きのこを旅する」をテーマに、食事や芸術、文学など、私たちの暮らしに密着した日本中・世界中のさまざまなきのこ文化を紹介してきました。きのこは身近なところで私たちを楽しませてくれるだけではなく、豊富な栄養素を含み、健康にも寄与してくれています。
「きのこは秋の旬食材の代表格」と呼ばれたのも今は昔の話。きのこのもつ美味しさや高い価値に気づいた先人たちが人工栽培の方法を開発したからこそ、今では一年を通してきのこを食べられるようになりました。
そこで今回は、現在のように私たちがいつでも食卓できのこを口にできるようになるまでの歴史や、実際のきのこの栽培方法を紐解いていきます。
きのこ栽培の歴史、その起源はアジアにあり!
そもそも地球上で「農業」が始まったのは1万年以上前までさかのぼると言われています。数ある野生植物のなかから人類にとって役立ちそうな種を厳選し、ときには厳しい環境から守りながら栽培技術を確立してきました。きのこにも同じことがいえ、現在、スーパーに並んでいるきのこの大半は野山から採集したものではなく、農作物としてよりおいしく改良されて栽培された品です。
こうしたきのこ栽培の起源については諸説あり、最も古いものでは、中国・南宋の時代に呉三公(1130頃-没年不詳)がしいたけ栽培技術を開発したと伝えられています。ちなみに日本でも同時期の鎌倉時代に「乾燥しいたけ」を中国に輸出したという記録がありますが、その当時はまだ技術はなく、野生のしいたけを野山で採取していたようです。
日本できのこ栽培が始まったのは江戸時代初期といわれています。豊後(現在の大分県)で炭焼きを生業としていた農民の源兵衛(1600年代、生没年不詳)が、墨材にしいたけが発生しているのを発見し、人工栽培を始めたとする説があったり、伊豆の斎藤重蔵(生没年不詳)という少年がしいたけ作りを始めて、豊後に移りしいたけ栽培法を教えたとする説が残っていたりもします。
一方、日本のしいたけ栽培が始まったとされる1600年代中頃に、フランスや近隣諸国ではマッシュルーム栽培が始まりました。フランスの植物学者Joseph Pitton de Tournefort(1656-1708)が、発酵させた馬の堆肥でマッシュルームを栽培する方法を1707年に発表。この人工栽培の方法は、現在の栽培法とほとんど変わらないといいます。
このように、きのこの人工栽培は世界各地で独自の形で確立されていきました。貴重な食材としてきのこに有用性があったからこそ、人工栽培する需要が世界中で出てきたのかもしれませんね。
日本で確立されたきのこの人工栽培技術とは
このように世界中で独自進化を遂げたきのこの人工栽培ですが、ここで、日本で現在もなお用いられている主なきのこの栽培方法とその歴史をご紹介します。
まず、きのこの栽培方法には大きく2つの種類があります。一つは「原木栽培」と呼ばれる、伐採した丸太(ほだ木)に穴をあけ、きのこのもとになる「種菌」を植え付ける方法。もう一つは、木材の粉(おが粉)に栄養分を添加して瓶や袋に詰めてから種菌を植え付けて栽培する「菌床栽培」です。
原木栽培は江戸時代に始まったとされていますが、当時はほだ木にきのこの胞子が自然に付着するまで待つという、天然栽培とほとんど変わらないものでした。しかし、新潟県出身の殖産家・田中長嶺(1849-1922)は、きのこが胞子や菌糸で増える生物であることを発見し、ほだ木にきのこの菌糸を接種する方法を開発。その後、農学者の森喜作(1908-1977)は三角形のくさび形の駒に雌雄の胞子を植え付ける「種駒法」と呼ばれる栽培法を開発し、大量栽培が可能になりました。「種駒法」は現在も同様の栽培方法が用いられています。
一方、菌床栽培は現在主流の栽培方法で、生産量の多いブナシメジやエノキタケなどはほぼすべてが菌床栽培で栽培されたものになります。昭和45年(1970年) 頃、原木資源の不足を背景に、袋培地を用いて空調施設内で工業的に栽培する方法が注目を集めました。しかし品種や発生方法に問題があり現在まで継続しているものはありません。その後、昭和50年代以降に多くのきのこメーカーが参入したことで研究が進み、平成に入ると各地で菌床栽培による大規模栽培が確立しました。
菌床栽培は、しいたけやなめこといった木材を分解する「木材腐朽菌」や、マッシュルーム、ヒメマツタケのような死骸や老廃物を分解する「腐生菌」で行なわれるのが一般的で、まつたけやトリュフ、ポルチーニ茸など生きている樹木の根と共生関係を築く「菌根菌」を人工栽培することは難しいとされてきました。しかし、現在は研究者らの努力により、菌根の形成を促すいわば「スイッチ」を再現することで、ほんしめじなど一部の菌根菌で菌床栽培に成功した事例が現れています。
こうした多くの生産者の絶えまぬ努力により、現在はさまざまなきのこを一年中食べることができているのです。
現代のきのこ事情
現在、きのこの大量生産の実現とともに、世界における消費量も年々増えています。
人工栽培をいち早く確立しきのこの生産量が世界第一位の中国に加えて、アメリカ合衆国やヨーロッパ諸国など先進国でのきのこ消費量も急激に伸びています。こうした消費量増加の背景には、近年の健康志向の高まりにより、低脂質で食物繊維、ビタミン、ミネラルを豊富に含むきのこが「栄養価の高い食材」として人々の関心を集めていることがあげられます。
また近年はビーガンなどプラントベース食材へのニーズが高まっていたり、食糧危機を見据えた代替肉市場への関心が高まっていたりすることから、お肉のような食感をもつきのこの可能性に注目が集まっています。きのこの大量栽培は、今後の世界の食糧危機を救う切り札になるかもしれません。
未来のカギを握る、さまざまな分野で活用されるきのこの存在
過去から現在に至るきのこの歴史を見てみると、きのこには元より美味しさや健康的価値があり、社会の発展とともにそれらのニーズが高まってきたことが伺えます。だからこそ、ここまで人工栽培技術が次々と確立し、今のような大規模栽培が世界中で行なわれ、結果として一年を通してきのこが食べられるようになったと考えられます。ある予測では世界のきのこ市場は今後も開拓され拡大することが見込まれており、世界各国の食卓で人々の健康に寄与するだけでなく、未来の食糧危機を救う可能性も秘めています。
一方で、きのこの活用方法は食材をはじめ、その栄養成分を活用した医療品、サプリメントだけにとどまりません。ビーガンレザー、化粧品、有機プラスチックなど幅広い範囲で生活を豊かにする物質の一つとして活用されていたり、有害物質の分解、天然ゴムの再利用促進など地球規模での問題解決を助ける要素として活用されたりと、さまざまな分野で熱い視線が注がれています。
人類が誕生するはるか昔、地球の歴史とともに歩んできた「きのこ」は、研究が進み人工栽培が可能になったことで、人類の未来の更なる発展にも寄与していくのではないでしょうか。
参考文献
- 「シイタケ菌床栽培の安定化に関する基礎的研究」(『宇都宮大学演習報告』(2012)、No. 48)
- 原木シイタケ栽培の歴史と基礎知識(長野県林業総合センター)
- 森喜作博士と田来原(日田市)
- 調査結果の概要(政府統計の総合窓口)
- きのこ栽培技術(キノコ科学研究所)
- The contribution of fungi to the global economy
- 特用林産物の動向(1)(平成30年度 森林・林業白書)
- シイタケ栽培の史的考察(農林省林業試験場)
- 原木シイタケ栽培の歴史と基礎知識
- 菌床シイタケの経営に関する調査(大分県きのこ研究指導センター)
- きのこの生態を解き明かし、世界初のマツタケ人工栽培をめざす。(近畿大学)
- キノコでSDGs:食品以外に広がる用途
- G. C. Wakchaure (2011) , “Production and Marketing of Mushrooms: Global and National Scenario”
- A Growing Demand for Fungus Among Us(Gro Intelligence)
- 『キノコの科学』
- 『きのこハンドブック』
- 『地域食材大百科 第4巻』
- 「マツタケなど菌根性きのこ類の人工栽培に向けた研究」(『日本微生物資源学会誌』(2015)、 Vol. 31, No. 2)
- 「菌根性きのこの人工栽培」(『アグリバイオ』(2021)、Vol. 5, No. 12)
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