プロアスリートを支える食事に迫る。第58回 陸上競技/競歩・荒井 広宙さんインタビュー
2025.09.01
アスリートへのインタビューを通し、明日への一歩を応援する「Do My Best, Go!」。今回は競歩の日本代表として2016年リオデジャネイロオリンピックで日人初の表彰台となる銅メダルを獲得した荒井広宙さん(富士通)に、大舞台での経験の背景や勝利を支えた食事の秘訣、趣味でウォーキングを楽しむ方へのアドバイスやアスリートへのメッセージまでをお伺いしました。
まず、競歩を始めたきっかけを教えてください。
中学から陸上部で長距離を専門としてやっていましたがずっと地区大会止まり。ところが長野県立中野実業高校1年生の秋に初めて競歩のレースに出た時に県大会まで進み、アスリートとして初めての成功体験を得ることができました。それが人生の節目です。その後、しばらくは競歩から離れていたのですが、私が2年生の夏に高校の1年先輩である藤澤勇さん(ロンドン五輪、リオ五輪日本代表)がインターハイで4位に入賞する姿を見て格好いいと感銘を受け、自分も競歩の道に行こうと思いました。
福井工業大学3年だった2009年に日本選手権50km競歩で初めて6位入賞を果たし、その後大学を卒業した年の2011年には世界選手権に初出場しましたね。
この時に日本代表での活動を経験できたことが、その後の競技人生を大きく左右するターニングポイントになりました。2012年のロンドン五輪には出場できませんでしたが、2011年の実績によって2013年からは自衛隊体育学校に所属することになりました。
自衛隊の練習環境はいかがでしたか。
食事面からトレーニング施設から何から何までサポートしてくれますし、専門のトレーナーさんもおり、世界で戦うための組織だったのですごく恵まれた環境でした。
そして悲願の2016年リオ五輪出場。代表に決まった時の気持ちはいかがでしたか。
前年の2015年にあった世界選手権で4位に初入賞したのですが、当時同じく自衛隊に所属していた谷井孝行さんが銅メダルを獲得したのでその時点でリオ五輪代表に内定。私がリオ五輪に出るためには選考会でもう一度勝たないといけないですし、初入賞の喜び半分悔しさ半分という状況でした。
また、2015年11月に母親が亡くなって精神的なダメージが計り知れなく、リオ五輪選考会までは体調を崩すなど浮き沈みが激しかったです。そういう中で多くの人にサポートされながらなんとか取ったオリンピックの代表権。代表に決まってからの準備期間はケガすることなく、計画通りに練習を勧められ、その年のベストの状態でリオ五輪のスタートラインに立てました。
本番では途中でペースを上げた上位の選手に惑わされることなく自分のペースを貫きました。そして3番手でフィニッシュ。ゴールした直後は他選手との接触で失格というアナウンスでしたが、日本チームの異議申し立てにより判定が変わって銅メダルという結果になりました。判定を待っていた数時間はどんな気持ちでしたか?
失格があったとしても自分のベースを貫いて歩き切ったという思いは強かったので、どちらの結果でも受け入れるという感じでしたね。オリンピックの重圧から解放されたという気持ちもありました。
その後、着順通りの3位と確定した時は喜びも大きかったのではないでしょうか。
そうですね、気持ちが揺さぶられるものがあった中での3位だったのでとても嬉しかったです。

リオ五輪翌年の2017年には世界選手権で銀メダルを獲得し、迎える東京五輪では表彰台の一番高いところを目指す日々になったと思います。目標が大きくなっていく中でプレッシャーとの闘いも増したのではないでしょうか。
リオまでは挑戦者でしたが、リオでメダルを獲ってからはつねに結果を出さなければいけない立ち位置になってきたという変化を感じていました。そうした中で2019年に富士通に移籍したのは、2020年に予定されていた東京五輪に向けて足りないピースは何かと考え、日本陸連強化コーチであり、富士通に所属する今村文男さんに合宿を含めて毎日の練習を濃く見て貰いたいという思いがあったからでした。
コロナ禍により2021年に延期されて行われた東京五輪、日本の競歩界は選手層が厚くなってきたこともあり、惜しくも荒井さんの出場はなりませんでした。その後、2022年には引退を決断されますが、理由を教えていただけますでしょうか。
以前であれば、30キロを3回ぐらい歩ければこれぐらいのタイムで歩けるというような自分の中の物差しがあったのですが、その物差しが全然合わなくなって来たのです。トレーニングをしても体の反応がない、効果がないという感じになってきました。それにケガも重なり、周りの選手の飛躍もあり、種目も50kmがなくなって35kmになり、スピード対応も必要になった。このままだらだらやっても、と思い、2022年4月にあったオレゴン世界選手権の選考会である日本選手権でダメなら区切りをつけようと決めました。
荒井さんは競技人生の中で一度も歩形失格がなかったとお聞きします。失格が少なくない競技ですからすごいことだと思います。
特別きれいな訳ではなく、フォームは中の上だったと思います。私はスピードや持久力も含めてバランス型でした。歩形が良くても遅かったら意味がない。トータルでバランスが良かったと思います。

ここからは食事について聞かせてください。こどもの頃はどのような食生活をされていましたか。
母親がつくった食事を毎日食べていました。きのこ栽培をしている農家の親戚がいたので、よくエリンギをもらっていました。食卓にきのこが出てくることは多かったと思います。
食事や栄養について学び始めたのはいつごろですか?
自発的に学ぼうと思ったのは高校の頃です。覚えているのは家庭科の授業で使っていた教科書の副読本。食品のカロリーや栄養素が載っている冊子があって、これを食べたらいいんだな、など意識していました。貧血になりやすかったので、貧血を改善するために栄養に興味を持ったのです。(貧血予防のためにも)家でも野菜やきのこを多めに摂っていました。
また、社会人になってから栄養についてさらに学ぶようになりました。アスリートは一定以上のレベルになると食事の重要性が増します。きのこが腸内環境を良くするという情報を目にしたことがあったので、自炊する時はきのこを摂るようにしていましたし、合宿でもサラダにきのこを追加するようにするなど、食事のトータルバランスに気をつけていました。
お気に入りのきのこ料理を教えていただけますか?
今は、豚汁にきのこを入れて食べるのにハマっています。レトルトの豚汁の素を買ってきて、そこにブナシメジなどを入れて具だくさんにして食べています。もともと便秘がちなのですが、次の日の調子がいいです。
競歩は長時間、足を止めることなく歩き続ける種目。荒井さんの専門種目だった50キロ競歩は3時間半以上ノンストップです。体作りやレースのため、食事にはどのようなことを求めていたのでしょうか。
体は食べたもので出来ています。ですから食事をしっかり摂って正しく休まないと、どれだけトレーニングをしても実になりません。現役時代からその実感があったので、練習よりもむしろ食事や睡眠がより大事だ、というくらいに思っていました。
睡眠もしっかり意識していたのですね。
現役の頃は、午前と午後の二部練習が基本だったので、午後の練習に備えて昼寝をしていましたし、夜は10時半ぐらいには布団に入るようにしていました。一日トータルで9時間ぐらいは寝ていたと思います。
引退して3年あまりが経ちましたが、体調の変化などはありますか?
一日中歩く仕事から、一日中デスクワークの仕事になったので、体の疲れから脳の疲れへ変わっています。引退してからも食事の重要性は変わっていません。忙しくて食事がないがしろになると、数週間後に疲れを感じるのです。バランスの取れた食事をすると体調もすぐに回復します。

今、健康志向の高まりもあり、趣味でウォーキングをする人が増えています。歩き方のコツやアドバイスをいただけますでしょうか。
3つのポイントがあります。1つは姿勢。頭・肩・骨盤・足首を一直線になるように立つことです。姿勢が悪いと腰を痛めることにつながりますし、体に余計な力が入ってしまいます。2つ目はしっかり腕を前後に振ること。3つ目は、かかとから着地しましょうということです。これらはウォーキングのアドバイスをする時にいつもお話しさせていただいていることです。
では、競歩や陸上競技を頑張っているジュニアアスリートへのアドバイスもいただければと思います。
長期的な目線でやってほしいですね。目の前の試合ですぐに結果を出そうという気持ちも大事ですけど、半年とか1年とか何年後とか、長いスパンで捉えると取り組み方が変わってくると思います。短期的なスパンだと過激なことや大げさなことやってしまいますが、長期的に見ると落ち着いた練習ができますし、ケガのリスクも抑えられます。
競歩特有のことに関して言えば、正しいフォームをつくることを意識してほしいです。どれだけ速くても歩形が悪いと失格になりますから。シニアになって歩形に苦しんでいる選手もたくさんいるので、そこに苦労してほしくないなと思います。
最後に、ジュニアから大人まで世代を問わず、スポーツ頑張っている人への食事面でのアドバイスをお願いします。
これだけを食べればいい、というのはないと思っています。きのこはもちろん大事ですし、それに合わせた炭水化物も大事だし、タンパク質も海藻類も大事。いろいろな食材を満遍なく摂ることが大事なのかな。最近はよく、高たんぱく質を摂りましょうというのを聞きますし、もちろん大事なのですが、たんぱく質だけではないと思っています。その他のものを満遍なく摂ることによって体の状態が良くなっていくと思います。
荒井さんが今食べたい菌勝メシ
コメント
食事はパフォーマンスに大きな影響を与えるためトレーニング以上に気を配っており、また、栄養吸収や免疫機能に影響する腸の状態も意識していました。きのこは栄養価が高く、栄養バランスの良い食事には欠かせない存在で、きのこやお肉の入った味噌汁は味・栄養共に魅力的だと感じます。

きのこのお味噌汁
きのこに豊富なビタミンB1は、糖質代謝を助けて効率的なエネルギーチャージをサポートします。合わせる豚肉にもビタミンB1が豊富なため効果を後押し!ご飯と合わせて食べたいおかずにもなる具だくさんの味噌汁です。
profile
(あらい ひろおき)
1988年5月18日 180センチ 長野県小布施町出身。中野実業高校2年生の時に陸上競技の長距離から競歩に転向。福井工業大学卒業後の2011年に世界選手権に初出場して50km競歩で10位。世界選手権には4大会連続で出場した。自衛隊体育学校所属だった2016年にリオデジャネイロ五輪代表になり、競歩の全種目を通じて日本人初の表彰台となる銅メダルに輝いた。2019年から富士通に所属し、2022年日本選手権を最後に引退。現在は富士通に勤務している。
協力:THE DIGEST