プロアスリートを支える食事に迫る。第71回バレーボール・松井 珠己選手インタビュー
2026.10.02
アスリートへのインタビューを通し、明日への一歩を応援する「Do My Best, Go!」。今回はバレーボールSVリーグ・PFUブルーキャッツ石川かほくに所属し、2025-26シーズンのベスト6にも選ばれた松井珠己選手に登場いただきます。バレーボールを始めたきっかけやこれまでのキャリアの転機、海外挑戦、そしてアスリートの食生活まで幅広くお伺いしました。
▶ 松井選手の食事にまつわるインタビューはこちら
▶ 直筆サイン色紙のプレゼントはこちら
松井さんは松戸市馬橋のご出身ですが、バレーボールを始めたきっかけは何だったのでしょうか?
母がママさんバレーをやっていて、よく一緒に行っていたのが、最初でした。チームのママさんたちが「どのチームに入るのがいいか」を探してくれて、東金町ビーバーズがいいんじゃないかと。自分としては小学校1年からやりたかったんですけど、電車で通わなければいけないので、小学校3年からにしようということになり、そのタイミングで入りました。
東金町ビーバーズは浦野正会長が長く指導された強豪チームですよね。
そうですね。優秀な選手を数多く育てているチームだけあって、練習は本当に厳しかった。自分のバレーボール人生の中で一番厳しかったのが小学生時代でしたね。それでもレシーブから始まって、トスやスパイクなど基本的な技術を徹底的に磨くという方針だったので、自分にとってはものすごくプラスになったと思っています。
中学は地元の松戸市第4中学校に進みますが、当時を振り返っていかがでしょうか。
正直、中学時代はギャップを感じました。千葉県では一番強い学校でしたが、ずいぶん違うなと思いながらやっていました。
当時の私は小さくて、リベロをやっていましたが、2年くらいからスタメンに抜擢してもらい、3年の時にはJOCの千葉県選抜(中学選抜)に選んでもらって、初めて全国大会に行きました。実を言うと、自分は当時からセッターをやりたいという思いが強かったんです。高校はセッターをやらせてくれる環境に行きたいなと考えていました。
それが富山第一高校だったのですね。
そうです。それに富山第一は高校からセッターを始めさせるケースが多いです。中学生からセッターをやっていた子を取るのではなくて、違うポジションをやっていた人にトライさせるという方向性でした。自分も「セッターをやりたいです」と話したら、「じゃあやってみるか」と言ってくれました。
首都圏の千葉から北信越の富山となれば、環境面は全く異なりますね。
富山は本当にいいところ。冬は寒いし、雪も降るし、気候的には大変ですけど、自分としては多くの学びがありました。
私自身、バレーボールに対する熱量はかなりある方だなと思っていましたが、朝7時から朝練をして、学校の授業を受けて、15時半~16時頃から21時過ぎまで練習という生活だったので、本当にバレーボール漬けでした。その大変さを乗り越えている周りの子たちを見て、「本当にすごいな」とリスペクトの念が湧いてきました。
同期は7人で、他の学年と比べて少なかったのですが、意欲と向上心の強い仲間とみんなで高め合える環境って本当に素晴らしいと感じました。今でもその時の仲間のつながりが一番強いですし、いい道を選んだなと思います。

その後、日本女子体育大学に進学。卒業後、2020年にはデンソーエアリービーズ入りします。
デンソーには高校の時から合宿に行ったりしていて、早い段階で声をかけていただいてはいたんですけど、自分がトスを上げられるところがいいのか、チームが強い方がいいのか…といろいろ迷いましたね。
デンソーには田代(現オング)佳奈美(=KUROBEアクアフェリーズ富山)さんがいました。だから、デンソーに行っても出られないだろうなとは思いましたが、優れたセッターを近くで見ることも重要な経験になると考えました。
その後2022-23シーズンまで戦って、ブラジル行きに踏み切りましたね。
もともと海外へ行きたい気持ちは持っていましたが、2023年夏の段階ではもう少し先の予定として考えていました。そんな時、日本代表の眞鍋正義監督(=現韓国・IBK企業銀行アルトス)が「ブラジルに行ってみたらどうだ」と声をかけてくれました。
そうして移籍したのがユニライフ・マリンガでした。2024年パリ五輪前年だったので、まずは試合に出られる環境がいいと。ブラジル・スーペルリーガ10チーム中8~9位のチームでしたが、リーグにはブラジル代表の選手もおり、思い切って決断しましたね。
とはいえ、ブラジルは地球の反対側。未知なるところだったのではないですか?
現地に着いてみると日系人がすごく多くて、日本人コミュニティがありました。そこの団長さんが到着後、すぐにウエルカムパーティーを開いてくださって、本当に助けて頂きました。日本文化を大事にする土地柄で治安もよく、住みやすかった。もちろん体育館に冷房がなかったり、ジムへ行くのも移動しなければいけなかったりと施設面の苦労はありましたが、パワーのあるブラジルの選手に適応すべく、体も大きくなりましたし、試合もスタートから出場することができてよい経験になりました。
1年後の2024年夏にはアメリカのLOVBソルトレイクへ移籍しましたね。
ブラジルですごく成長はできましたが、国土が広い分、バスで8~9時間の移動をしなくてはいけないことや、3~4人でひとつの部屋に泊まって試合に出るなど生活面の負担が大きくなっていきました。
それで日本に帰ろうかと思ったところ、日本女子体育大学時代に指導を受けたヨーコゼッターランドさんがアメリカにつながりを持っていて、アメリカのリーグについて話を聞いてみないと声をかけてくれた。ちょうど新リーグができるタイミングで、選手を集めていたんです。選手が所属チームを決めるのではなくて、リーグの方で選手を振り分けるスタイルで、いわゆるドラフト会議みたいなものですね。
面白そうだなと思って飛び込んだら、私はソルトレイクの選手になり、アメリカ代表で東京五輪金メダリストに輝いたジョーディン・ポールター選手とチームメイトになりました。彼女の壁は厚くて、ほとんどセカンドでの出場でした。それでも、ソルトレイクは素晴らしい町で、生活面も全く問題がなくて、試合にもっと出られたらよかった。彼女から学んだことも多かったですし、素晴らしい経験になったと思っています。

2025年夏に帰国し、現在のPFUブルーキャッツ石川かほくで再スタートを切りました。
ソルトレイクに残るか、アメリカ国内で移籍の道を探るか、日本に帰るかという3つの選択肢がありました。そこで思ったのは、自分が100%で動ける時期にセカンドでウズウズしているのが嫌だということ。やっぱり試合に出てこそ得られるものがたくさんあるとアメリカで気付くことができたので、一番熱いオファーをくださったブルーキャッツに決めました。
その結果がSVリーグ4位。松井さんもベスト6入りという大きな成果を残しました。
一人ひとりのポテンシャルは高いですし、それが噛み合ったら上位チームにも負けないという確信を持てたので、本当にチームメイトの力があってこそ。私自身もこれまでに個人賞をもらえることはほとんどなくて、ベスト6に選ばれたと聞いた時は信じられないという感じでした。本当に嬉しかったですし、自信になりました。
そして新シーズンが始まります。2028年にはロサンゼルス五輪もありますが、松井さんの中長期ビジョンはいかがですか?
とにかくチームで優勝したいです。これまで自分自身もタイトルには手が届いていないので、そこを目指していきます。五輪のことはあまり考えていないですし、何年先までプレーを続けるといったビジョンもないですけど、チームからいらないと言われるまではコートに立ち続けたいですね。

ここからは食習慣についてお聞きします。松井さんの食生活のこだわりはありますか?
タンパク質をたくさん摂るようにしています。豆腐や肉類や魚はほぼ毎食、摂っていますね。
ブラジル時代は日系人の多い町にいたこともあって、日本のスーパーが近くにあったので、少し値段は高かったですけど、日常的に買えました。味噌汁も大豆が含まれているので、基本的に3食飲むようにはしています。アメリカ時代も味噌は日本から持参していました。
タンパク質を積極的に摂取し始めたきっかけは?
デンソーに入社して、バレーボール選手としての生活を送るようになってからですね。社会人1年目は寮に入らなければいけないというルールだったので、3食用意していただいていましたが、2年目から1人暮らしを始めて、昼以外は自分でご飯を作るようになりました。そこで、年代別代表のときに受けた栄養講習の内容を思い出して、タンパク質摂取の重要性をより強く意識するようになりました。そこまで細かく栄養管理をしているわけではありませんが、タンパク質や野菜、フルーツとバランスを考えながら、栄養に偏りのない食生活を心がけています。
バレーボール選手をしながら、朝晩の食事を用意するのは大変ですね。
ブルーキャッツに来てからは練習時間もそこまで長くないので、食事を作るのはそれほど大変ではないです。私はもともと好き嫌いが全くないので、その日食べたいと思うものをメインに据えて、足りない栄養素を足していくという形でやっています。あまりストレスはないですよ。
海外での生活経験がある松井選手ですが、これまでの選手生活の中で食事に関して苦労したことはありますか?
海外時代に炊飯器がなくて、普通のお鍋で米を炊いていた時期があって、くっついたり、おいしく炊けなかったりして、最初はだいぶ苦しみました。試合前はエネルギー源になる炭水化物をたくさん摂取したいので、米やパスタ、うどんなどは必須。私は消耗がかなり激しいタイプなので、意識して今も取り組んでいます。
栄養バランスを意識して自炊される中で、栄養豊富な食材である「きのこ」が登場することもありますか?
はい。きのこは大好きなので、みそ汁に入れたり、パスタに入れたり、煮物にしたり、いろんなパターンで食べています。アヒージョも好きですし、冬は鍋料理にもたくさん入れています。
日本のスーパーでよく買うのは、エノキやシイタケ、しめじですかね。海外では大きなマッシュルームが売られていて、ありがたい存在です。海外では日本と同じ種類のきのこが手に入らないケースも多いので、重宝していました。
きのこは腸内環境の改善に有益だと言われていますが、腸内環境を意識することはありますか?
母が作った料理の中にはきのこが日常的に入っていたので、子供の頃から自然と体の調子が整っていたのかなと感じます。中学まで実家で暮らし、富山第一高校時代の3年間は寮生活を送り、大学生になってから再び実家に戻ったので、母の作った料理に支えられていた期間が長かったです。
きのこはビタミンやミネラルが豊富に含まれていますし、母がきのこを多く使ってくれたのはよかったですね。ここまで本当に健康面で苦労はなくて、風邪も全くひかないですし、ありがたいことに怪我もしないので、食生活には恵まれたのかなと思います。

では、ジュニアアスリートへのアドバイスをいただけますか?
学生時代の私は考えてプレーすることが少なかったと感じているので、これからの若い選手には一つひとつのプレーに対して、「今のプレーはどうだったんだろう」「次はこうしてみよう」と自分の考えを持ちながら取り組んでいくことが、選手としての将来につながると思います。自分は本数をこなせばいいという感じでやっていたので、余裕を持てなかったのですが、考える癖や習慣をつけることが大事。ぜひそれを心がけてほしいと思います。
ジュニアアスリートへの食事面のアドバイスもお願いします。
練習や学業で忙しいと、どうしても朝ご飯を抜いたり、菓子パン1つで済ませたりしてしまいがち。私自身も中学生の頃なんかはそういう時期もあっと思います。
でも、それはアスリートにとって一番よくないこと。3食バランスよくしっかり食べることは必要不可欠ですし、食事の間隔が空くようなら軽食とかもうまく活用して、必要な栄養素やエネルギーを摂取することが大切だと伝えたいですね。
思春期の女の子だと「食べ過ぎると太ってしまう」とか「痩せたい」と考えて、わざと食事量を減らすケースもありますね。
そうですね。でも必要なカロリーや栄養バランスを摂取しないと後々に影響すると思います。自分が今、風邪をひいたり、ケガをしたりしないのは、しっかり食べてきた人は根本的な強さが養われるのかなと。スタイルを気にするのも分かりますけど、最低限の栄養摂取は必要。もし食べ過ぎたなと思ったのなら、その分、しっかり動いて消費して、いい状態で試合に臨むべきですね。
自分もセッターなので、ジャンプの回数が多いですし、体が重いと感じる状態ならないよう気を付けていますが、食べる量を減らすことはしていません。ストレスのない食事がいいパフォーマンスにつながると考えながら日々、取り組んでいます。
きのこらぼ会員様限定!
松井 珠己選手の直筆サイン色紙プレゼント!
プレゼントに応募する
※ご応募にはきのこらぼ会員登録(登録無料)が必要です。
ログインのうえ、ご応募ください。
登録がお済みでない方はこちら
松井選手が今食べたい菌勝メシ
コメント
試合に合わせて食事の栄養バランスを考えています。きのこはヘルシーで栄養価が高く身体によいイメージがあります。お肉やきのこなどが入ったヘルシーで栄養価が高いグラタンは嬉しいですね。

かぼちゃときのこのミートグラタン
きのこに豊富なビタミンB群はエネルギーとなる三大栄養素の代謝を促すことで、アスリートの効率の良いエネルギー補給をサポートします。また、お肉に含まれるタンパク質や、かぼちゃに含まれるビタミンC、きのこに含まれる食物繊維は体調管理にも役立ちます。
profile
(まついたまき)
1998年1月10日生まれ、千葉県松戸市出身。富山第一高校→日本女子体育大学→デンソーエアリービーズ→ユニライフ・マリンガ→LOVBソルトレイク→PFUブルーキャッツ石川かほく。
小学校3年から東京都内の強豪チーム・東金町ビーバーズに入り、本格的にバレーボールを始める。中学時代は地元の松戸市立第4中学校でプレー。高校から強豪・富山第一に越境入学し、セッターの道を歩み始める。日本女子体育大学時代には年代別代表で活躍した。
2020年にデンソーエアリービーズ入りすると日本代表に初選出。その後はブラジル、アメリカのリーグに挑戦し、2025年夏から現在のブルーキャッツ入りし、精力的にプレー。同年はチームも4位と大躍進し、自身もベスト6入り。名実ともに日本屈指のセッターに上り詰めた。そして2026年4月にはSVリーグ・ヴォレアス北海道のリベロ・外崎航平選手との結婚も発表。


