プロアスリートを支える食事に迫る。第66回スノーボード・木俣 椋真選手インタビュー
2026.05.01
アスリートへのインタビューを通し、明日への一歩を応援する「Do My Best, Go!」。今月からは3回にわたり、今年の冬、日本中に感動を届けてくれたミラノ・コルティナ冬季オリンピックで活躍された選手の方々に登場いただきます。
初回となる今回は、スノーボードのビッグエアとスロープスタイルで出場し、ビッグエアで銀メダルを獲得した木俣椋真選手です。第一線で活躍するまでの経緯や、その土台となる食への意識、今後への思いなどをお聞きしました。
▶ 木俣選手の食事にまつわるインタビューはこちら
▶ 直筆サイン色紙のプレゼントはこちら
はじめに、スノーボードを始めたきっかけを教えてください。
3歳の頃、父親に連れて行ってもらったのがきっかけでした。当時の記憶はほとんどないですが、何回も「行きたい」と言っていたみたいです。まだ滑れなかったので上までリフトで登ってちょっと練習してから、親におんぶしてもらって下まで降りる、みたいな感じだったと聞いています。
本格的に競技としてスノーボードに取り組むようになったのはいつ頃だったのでしょうか。
地元の大会に出るようになったのは小学1年生の頃でした。当時、バンクーバーオリンピック(2010年開催)のハーフパイプをテレビで見て、それに憧れてオリンピックを目指そうと取り組み始めました。
そこから現在のビッグエアやスロープスタイルに転向したのはいつだったのでしょうか?
中学2年のときです。ハーフパイプの動きが左右に一定であるのに対して、スロープスタイルのアイテム(※レールやボックスなどトリックに使う設置物)を使う動きが好きになって、スロープスタイルをやろうと思いました。あわせてビッグエアも始めることになりました。
高校生2年生だった2019-2020シーズンにはユースオリンピックや世界ジュニア選手権のビッグエアで優勝したのをはじめ、実績も積み重ねていきました。その中で2022年の北京オリンピックが近づいてきましたが、オリンピック日本代表には届きませんでした。当時を振り返ってみていかがでしょうか。
僕は周りの選手と比べると遅咲きだったと思います。世界ジュニア選手権も参加できる最後の年齢での優勝でした。それもあって、自分のなかではオリンピックの選考レースが急に始まったという感覚があって、しっかりと準備ができてなかった。選考途中で怪我もしてしまい、オリンピックに出場するための意識が不足していたのかなと思います。
落選から再び前を向けたのはいつ頃だったのでしょうか。
北京五輪の代表になれなかった後、スノーボードを続けるか、それともやめるのかの話し合いをしてあと4年頑張ってやろうと決めました。その決断ができたおかげで落ち込んでいる期間はそんなに長くなかったと思います。
目標に突き進む中で、現在、所属されている株式会社ヤマゼンとも契約をされましたね。
小学1年生のときに滑っていたスキー場で良くしていただいた恩師のような方がいて、その方をきっかけにヤマゼンとのご縁をいただきました。
僕が一番お世話になっているスポンサーで、社長も僕のことをすごく可愛がってくださいます。なかなか結果が出せなかったときに「オリンピックに出る選手をサポートしたいわけじゃなく、あなたのことを一人の人間としてサポートしたい」と直接電話をくれるような方で、親と同じくらい感謝しています。
ミラノ・コルティナオリンピックの選考期間だった2024-2025シーズン、不調な時期が続きましたが世界選手権のビッグエアで優勝することができました。その世界選手権の前にも電話をくれて「いつでも味方だよ」という言葉をもらって、それが大きな力になりました。
その世界選手権優勝により、代表入りを果たしました。念願のオリンピックにはどのような気持ちで臨んだのでしょうか。
「結果はどっちでもいいよ」とヤマゼンの社長が送り出してくれましたが、そう言われたからにはこれまでのサポートに対して結果で返したい、返さないとという気持ちがありました。
そしてビッグエアで銀メダルを獲得しました。
はい。メダルという形に残るものを日本に持って帰ることができたのでほっとしました。本番はパフォーマンスもいつもより良くて、全部出し切ったと感じられたオリンピックでした。今回、父親が初めて海外の大会を見に来てくれていました。メダルを取ったあとに泣いている姿を見てびっくりしましたが、今までの恩返しを目の前で出来たかなと思えたので良かったです。
北京の時には準備が足りなかったとのことでしたが、今回のミラノでメダルが取れた要因はどこにあったと思いますか?
僕の場合はオリンピックでやる構成や技を先に決めておいて、その技の練度をあげることに絞って練習をしていました。それだけは100%のパフォーマンスを出せるようにという作戦です。若い時期には色々な技を試しながら自分の得意や強みを探すための時間があったと思いますが、僕の年齢になってくると成長も少しずつ遅くなってくるので可能性を広げるのではなく、絞る形で挑戦しました。
スノーボードで印象的だったのは、日本の選手たちがライバルでもあるのに称え合う光景があったことです。
小さなころから一緒に滑っていた友だちが選手になったという感じで、大会の結果でお互いに勝ち負けがついた時もふざけて煽り合ったりできるくらいの仲ですし、誰がメダルを取ってもおかしくない実力を持った選手であることも分かっています。だから「今回は俺の順番じゃなかった」みたいな感覚で結果を割り切れることもあるし、プライベートでも遊んだりする関係ですね。
今大会、スノーボード全体では日本は合計9個のメダルを獲得しました。これは過去最多です。木俣さんは、日本スノーボードの強さはどこにあると思いますか?
今回メダルを取った人たちはみんな昔から知っている選手で、小さい頃からともに高めあう関係でした。身近に良きライバルがいたからだと思います。
ここからは食習慣についてお聞かせください。第一線で活躍されて長くなりますが、食生活で心がけていることはあるでしょうか。
そこまでこだわりはなく、翌日に影響がありそうなもの、体に悪そうなものは食べないように気を付けています。あとは食事の最初にまずサラダから食べることくらいですね。
海外遠征の機会も多いと思いますが、日本と食事の環境もかなり異なるのではないでしょうか。工夫していたことはありますか?
海外の雪山などだと昼ご飯を抜きがちになってしまって、昼ご飯が午後4時くらいになることもあります。練習するためにエネルギーは重要なので、海外遠征をするときは手軽にさっと食べられるものを日本から持って行って途中のリフトで食べたりすることがあります。
食材としてのきのこの印象を教えてください。きのこはよく食べられますか?
はい、きのこは好きですしよく食べますね。自分で料理を作る機会は多くはないので、出てくる料理に入っているきのこを食べる感じです。
どのような料理できのこを食べることが多いですか?
好きなのはきのこの味噌汁ですね。家では味噌汁にしめじを入れて食べたりしていますし、コンビニでも買ったりもします。また、海外に行く時はパスタなどできのこを食べる機会が多いです。
きのこは栄養価が高く低カロリーです。腸内環境の改善の働きもありますが、ご存知でしたでしょうか。
今までは、腸内環境を意識した食生活に取り組めてはいなくて、何となく栄養がありそうなものを食べるようにしていたくらいです。きのこは単純に好きだったので食べていました。今後、さらにきのこを食べたくなりますね。
それでは、ジュニアの世代の選手へ向けてアドバイスをお願いします。
必ずしも正解ではないかもしれませんが、スノーボードだけじゃなくてほかの競技もやったほうがいいと思います。違う競技から学べる体の使い方や考え方が身につけば自然とスノーボードにも活かせる動き方が身につくと思うので、遊び感覚でもいいから視野を広げてやってほしいと思いますね。
最後に、食事面でのアドバイスをお願いします。
雪山で練習しているときはご飯を食べないでずっと滑り続けてしまうことも結構あると思いますが、簡単に食べられる軽食、例えばサンドウィッチなど用意して、エネルギー切れを起こさないようにすることは大事だと思いますね。
きのこらぼ会員様限定! プレゼントに応募する ※ご応募にはきのこらぼ会員登録(登録無料)が必要です。
練習中はエネルギー切れにならないよう、すぐに食べられるものを持っていくようにしています。きのこは好きな食材の一つですし、炊き込みご飯にすれば手軽にいろいろな栄養素がとれるところがよいですね。
木俣 椋真選手の直筆サイン色紙プレゼント!
ログインのうえ、ご応募ください。
登録がお済みでない方はこちら木俣選手が今食べたい菌勝メシ
コメント
きのこと豚バラ肉の炊き込みご飯
スポーツをするのに必要なエネルギーを蓄えるには、エネルギー源となる糖質と、糖質を代謝するビタミンB1を合わせて摂ることが重要です。きのこや豚肉にはビタミンB1が豊富なため、炊き込みご飯にして一緒にとることで、効率的なエネルギーチャージが叶います。
profile
(きまた りょうま)
2002年7月24日生まれ、愛知県名古屋市出身。
3歳でスノーボードを始める。小学生の頃から大会に出場。享栄高校2年生だった2019-2020シーズンの世界ジュニア選手権で優勝、ワールドカップ2位になる。2023年世界選手権スロープスタイルで日本男子初のメダルとなる銀メダルを獲得、2025年世界選手権ビッグエアでは金メダル。2026年ミラノ・オリンピックでは2種目に出場しビッグエアで銀メダルを獲得した。



