ホクト株式会社 採用情報

2010年代

2014年

創立50周年を迎える

創立50周年を迎える

2013年

レトルト食品事業を行う
株式会社アーデンを子会社化

2013年

霜降りひらたけ販売開始

霜降りひらたけを発売

2013年

マレーシアに
HOKTO MALAYSIA SDN.BHD.を設立

マレーシアにHOKTO MALAYSIA SDN.BHD.を設立

2011年

台湾に台灣北斗生技股份有限公司を設立

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2000年代後半からホクトはさらなる成長を図るべく海外進出を本格化させた。アメリカに次ぐターゲットは、きのこの消費量の多い台湾。ブナシメジとブナピーの現地生産を開始した。

台湾に台灣北斗生技股份有限公社を設立

2000年代

2008年

生産センターをアメリカに建設

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エリンギ、マイタケ、ブナシメジ、ブナピーの4種を生産するきのこセンターをアメリカに建設。製造と販売を開始した。

2006年

アメリカにHOKTO KINOKO COMPANYを設立

アメリカにHOKTO KINOKO COMPANYを設立

2006年

水野雅義 社長就任

2005年

ホクトメディカル株式会社を設立
アガリクス、ヤマブシタケの本格栽培を開始

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2005年4月、かねてよりアガリクスの抗腫瘍効果に着目していたホクトは、きのこ総合企業としてのノウハウを活かし、高品質の健康食品の製造・販売に着手した。

ホクトメディカル株式会社を設立 アガリクス、ヤマブシタケの本格栽培を開始

2004年

ホクト産業株式会社を設立

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2004年4月、化成品部門を分社化し、創業精神を忘れないため、ホクト産業株式会社と命名し新たなスタートを切った。

ホクト産業株式会社を設立

2003年

ホクト株式会社に社名変更

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2003年10月きのこという商材と「ホクト産業」の社名が結びつきづらいということで、ホクト株式会社に改名した。時を同じくして『きのこの唄』が大ヒットした。

ホクト株式会社に社名変更

2002年

ブナピー販売開始

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2002年7月研究所で交配を繰り返して、開発された真っ白なブナシメジ。愛称をブナピーと定め、販売を開始した。

ブナピー発売

2001年

マイタケ販売開始

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2001年7月 マイタケ栽培を専門とする、静岡きのこセンターが稼働。本格的なマイタケ販売を開始する。

マイタケの販売開始

1990年代

1999年

東京証券取引所市場第一部に直接上場

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1999年11月29日、東京証券取引所の第二部を飛び越えて、第一部に直接上場を果たした。平成6年(1994)に日本証券取引所に店頭公開してから5年後のことだった。

1997年

公益法人 ホクト生物科学振興財団を設立

1995年

エリンギ販売開始

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1995年7月、研究を重ねてきたエリンギの本格的な栽培と販売を開始した。テレビをはじめとする多くのメディアで報道されたり、信州大学より肝障害予防効果が発表されると空前の大ヒットとなった。

エリンギの販売開始

1994年

日本証券業協会に株式店頭登録

1992年

本社ビル完成

本社ビル完成

1990年

ブナシメジの開発

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1990年、市場が飽和状態であるエノキタケではなく、単価の高いブナシメジで勝負したいと、ブナシメジの栽培に乗り出し、研究開発の結果、ブナシメジの安定栽培に成功した。

ブナシメジの開発

1980年代

1989年

きのこ栽培の大型センターを開設

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1989年4月エノキタケ栽培の大型センターを長野県と福岡県に建設、操業を開始した。

きのこ栽培の大型センターを開設

1987年

世界初!純白のエノキタケ
の開発に成功!

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1987年11月5日種苗登録されたのは、真っ白なエノキタケ。今は主流となった白いエノキタケは、ホクトの研究所で生まれた。光を当てても変色しないこの品種は、瞬く間に全国のきのこ農家に広がっていった。

世界初!純白のエノキタケの開発に成功!

1983年

きのこ総合研究所の設立

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1983年12月「農家のための研究所」として、きのこ総合研究所を設立。鳥取大学との共同研究に励み、新品種の開発、新しい技術の開拓などを進めた。

きのこ総合研究所の設立

1970年代

1972年

ホクト産業株式会社に社名変更

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「ホクト」とは北斗七星の略。古来、時を測ったといわれる北斗七星“第七の星”「搖光(ようこう)」のように「業界の指針として仰がれる企業」という意味が込められている。

1970年

きのこ栽培を開始

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1970年8月北海道芦別市に芦別農場を設置、きのこ栽培を始める。包装資材、農業資材に次ぐ第3の柱が立ち上がった。「日本最北の地でのきのこ栽培が成功すれば、全国どこでも成功するだろう」と考えていた。

きのこ栽培を開始

1960年代

1968年

自社工場の操業開始、製造の分野へ進出。

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1968年6月長野市南堀に本社を移転すると、その敷地内に製造工場を新設。P.P.ビンの自社製造を開始した。包材販売の商事会社が、製造部門を持ち、きのこを中心とする農業資材の販売にも乗り出し、総合企業へ第一歩を歩み始めた。

1967年

きのこ栽培ビン販売開始。

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1967年それまでガラス製だったきのこビンを割れないポリプロピレン製にして販売を開始。作っても作っても追いつかないほど大ヒットとなる。

きのこ栽培ビンの販売を開始。

1965年

6月 新潟地震発生(地震の規模はM7.5、震度5)

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ガラス製のきのこ栽培瓶は割れ、きのこ農家には大きな被害が出た。

1964年

デラップス商事株式会社を設立

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1964年7月22日ホクト初代社長の水野正幸は、肉や魚をくるむ食品包装紙「デラップス」の販売を行う【デラップス商事株式会社】を設立した。その後、食品包材の開発・販売を行うようになる。

デラップス商事株式会社を設立
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